神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)30号 判決 1984年11月30日
原告
稲毛虎次郎
右訴訟代理人
元原利文
渡辺勝之
田中久雄
被告
神戸市建築主事
足立敏郎
右訴訟代理人
奥村孝
鎌田哲夫
中原和之
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因1及び3項は当事者間に争いがない。
二そこで、被告の本案前の抗弁について検討する。
1 法は、公共の福祉の増進に資する目的のもとに建築物の敷地、構造設備及び用途に関する最低の基準を規定し、かつ、法令違反の建築物の出現を規制するために、当該建築物の工事施工の前後を通じ、次のような三段構えの法的制度を設けている。すなわち、法によれば、建築主は、一定の建築物を建築しようとする場合、当該工事に着手する前に、その計画が建築関係法令に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けることを義務づけられ(六条一項)、右確認を受けずに建築工事をすることを禁止されており(六条五項)、建築工事が完了した場合には、その旨建築主事に届け出て(七条一項)、当該建築物が建築関係法令に適合しているかどうかの検査を受け(七条二項)、適合している場合には検査済証の交付を受ける(七条三項)ものとされている。きママらに、特定行政庁は、建築関係法令に違反した建築物については、建築主に対して、当該工事の施工の停止を命じ、又は相当の猶予期限をつけて、当該建築物の除却、移転、改築等建築関係法令に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができるとされている(九条一項)。
2 そこでまず、建築主事の行う建築確認の法的性質について検討する。建築確認処分は、建築主事が建築工事の着手前において、一定の建築物を建築しようとする建築主の申請にかかる建築物の建築計画について、建築関係法令による安全・衛生等の建築行政上の技術的基準に適合するものであることを公の権威をもつて確認し対外的に宣言する準法律行為的確認行為であり、それにより、建築主は申請にかかる建築物について適法に建築工事をなしうるという法律上の利益を受けるものと解すべきである。つまり、建築確認は建築関係法令が実際に遵守されていることをいわば事前に手続的に確保し、もつて建築関係法令違反の建築物の出現を事前に阻止予防するための制度であるということができる。
しかし、建築確認は右のように工事着手前において申請にかかる建築物の建築計画が建築関係法令の技術的基準に適合するか否かを書面に基づき審査確認するにすぎず、それ以上に建築物が当該確認にかかる建築計画どおりに建築されたこと、また当該確認にかかる計画に従つて建てられた建築物が実体的にも建築関係法令に適合することまでも確定するものではない。すなわち、建築確認は建築計画の合法性を確定するものであつても建築物の合法性までも確定するものではない。
これに反し、工事完了後の検査済証の交付及び特定行政庁の是正措置命令は、建築物完成後において建築物が実体的に建築関係法令に適合するかどうかを検査確認(検査済証の交付)したり、同法令に実体的に適合しない違反建築物の除去改築等を命ずることにより、いわば事後において違反建築物自体を是正規制する制度である。
してみると、建築主事による建築確認、工事完了検査及び検査済証の交付並びに特定行政庁による違反建築物に対する是正措置命令の各制度は、前記のとおり、前記法文の規定の仕方及び法律上設けられた趣旨目的、規制の仕方をそれぞれ異にするものであることからして、建築行政上互いに独自の観点から独立した手続により別個に違反建築物の出現を規制する機能をそれぞれ営んでいるものと解すべきである。
以上のような観点より検討すると、建築確認があれば、当該確認にかかる計画に従つて適法に建築しうるという法律上の効果を取得しうることは当然であるが、それ以上に当該確認にかかる計画に従つて建てられた建築物が実体的にも建築関係法令に適合するものとして当然に検査済証の交付を受けうべきこと、さらに特定行政庁の是正命令の発動を当然に排除すべきことを求めうる法律上の効果までも伴うものではない。他方、建築確認を得ないで建築した建物でも、それが完成した以上、建築無確認という状態ではあるが、確認申請義務違反の処罰の点を別とすれば、完了検査を受けることができるし、検査の結果、当該建築物が実体的に建築関係法令に適合している場合には検査済証が交付され、また特定行政庁は無確認という理由のみに基づいて除去等の是正命令を発することはできない。
なお、建築主は、建築確認を受け当該確認にかかる建築計画に従つて建築しておれば、完成した建築物は実体的にも建築関係法令に適合するものとして検査済証の交付を受けうる、また特定行政庁の是正命令の対象とはならないという期待を有することは否定できないが、このような期待ないし利益は建築確認の事実上の期待ないし利益であるにすぎず、法律上の利益と解することはできない。
3 そこで、本件取消処分の取消しを求める本件訴えの利益について検討する。
本件訴えは、本件取消処分を取り消すことによつて、第七九九号確認及び第八四九号確認の建築確認処分を回復させ、それにもとづく法律上の効果、すなわち、申請にかかる建築物について適法に建築工事をしうるという法律効果を回復するためのものであるが、これが可能な状態にあり、かつこれによつて回復すべき法律上の利益がある限りにおいて本件訴えの利益は肯認されるべきである。
(1) ところで被告が、昭和五一年一二月九日付で第七九九号確認、同年一二月一三日付で第八四九号確認の各処分を行つたこと、その後、第七九九号確認にもとづく建築物の全部、第八四九号確認にもとづく三棟の内の一棟(B棟)の建築物が既に完成されたこと、原告が、第八四九号確認にもとづく二棟(A棟及びC棟)の未建築物につき昭和五三年一〇月二五日付で建築確認申請を取り下げていること及び被告が昭和五七年一月九日付で本件取消処分を行つたことは、いずれも当事者間に争いがないところである。
(2) そこでまず、第七九九号確認にもとづく建築物の全部及び第八四九号確認にもとづくB棟建築物の関係についてみるに、本件訴えによつて当該確認にかかる建築物を適法に建築完成しうるという法律上の利益を回復維持したとしても、右確認処分の対象となつた計画上の建築物はいずれも既に工事完成済であり、もはや建築確認処分による計画を適法に施行すべき建築工事自体が、目的達成により存在しなくなつている状況にあるので、本件取消処分の取消しはその法律上の利益を有しないこととなる。
また、当該建築物完成後に本件取消処分の取消しにより建築確認処分を回復維持しても、建物完成後の検査と検査済証の交付、特定行政庁の是正措置命令との関係では、前記事実上の期待もしくは利益を取得しえても、法律上の利益を取得するものでないことは、前述のとおりである。
なお、原告は、本件取消処分を取り消すことによつて、当該建築物の処分に不都合をきたさなくなつたり、神戸市の期待する補正手続への途もひらけるという利益が回復されることを理由に本件訴えの利益がある旨主張する。
なるほど、一般的にいつて、確認処分を回復維持した方が無確認の場合より補正手続がとりやすく、従つてその結果、処分もしやすくなるという事実上の期待ないし利益があることは否定できないが、このような利益は確認処分に基づく法律上の利益とはいえない。すなわち、当該建築物の処分に不都合を生ずるかどうかは、建築確認を受けた建築計画の適法性に起因するものではなく、むしろ、完成した当該建築物が違法な建築物であつたことに起因するものであつて、本件取消処分の取消判決によつて当該建築物自体が適法な建築物になるものではない。また原告は、確認処分を回復すればそれに基づいて神戸市の期待する補正手続への途もひらけるという期待ないし利益があるというが、原告の主張によつても当該建築物完成後に建築確認処分を回復しそれにより具体的にどのような補正手続を講ずる趣旨か、すなわち確認処分と補正手続内容との法的関連性が必ずしも明らかではない。原告主張の趣旨が、原告がみずから神戸市の期待する補正手続をとり完了検査及び検査済証の交付を受けるか、あるいは特定行政庁の是正措置命令が発せられないように事前に是正措置を講ずるというのであれば、確認処分の回復とは何ら関係のないことである(精々確認処分があつた方が、それに基づき神戸市と接渉ママしやすいという便宜にすぎない)。
してみると、右の点を理由に本件訴えの利益を肯定する原告の主張は、失当であつて採用できない。
(3) 次に、第八四九号確認にもとづく建築物A棟及びC棟の関係で検討するに、右建築物については、原告は建築に着手せずに昭和五三年一〇月二五日付で建築確認申請を取り下げている。
すなわち、<証拠>を総合すれば、原告は、昭和五三年六月ころ、本件敷地の北側付近に建売住宅が一二戸建築されることを聞き、疑問に思い神戸市土木局宅地規制課に問い合わせたところ、同所付近には、法上の道路位置指定がない旨の回答をえたこと、そのため、本件敷地についても道路(法四二条)との接道(法四三条一項)につき同様の違法状態になつていることに原告自身はじめて気付いたこと、右違法状態を除去するため原告は、すでに建築確認処分がされている右A棟及びC棟の建築物については、建築確認申請を取り下げたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして右事実によると、原告は右取下げ行為により第八四九号確認にもとづくA棟及びC棟については建築に着手しない意思を確定したのであるから、建築確認処分に基づき建築物を適法に工事着手し完成させうるという法律上の利益を必要とするものではなく、従つて本件訴えによつて右建物につき建築確認処分を回復維持すべき法律上の利益を必要としないものといわざるを得ない。
三結論
以上より、結局、原告には本件取消処分の取消しを求める本件訴えの利益はないものというべく、従つて本件訴えは原告主張のその余の点について判断するまでもなく不適法なものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(村上博巳 小林一好 横山光雄)
建築確認の表示
一
確認番号 第七九九号
確認年月日 昭和五一年一二月九日
確認者 建築主事 井上史郎
建築主 神戸市東灘区田中町一丁目七―二六―四一一
稲毛虎次郎
敷地の位置 神戸市東灘区本山町森字東山七四四―一三七四四―二六四
用途 専用住宅
工事種別 新築
構造 木造
敷地面積 1172.80平方メートル
建築面積 94.43平方メートル
延面積 161.56平方メートル
二
確認番号 第八四九号
確認年月日 昭和五一年一二月一三日
確認者 建築主事 勝原正彦
建築主 神戸市東灘区田中町一丁目七―二六―四一一
稲毛虎次郎
敷地の位置 神戸市東灘区本山町森字東山七四四―一三七四四―二六四
用途 専用住宅
工事種別 増築
用途 長屋建住宅(車庫付)
構造 木造
敷地面積 1172.80平方メートル
建築面積 416.76平方メートル
延面積 647.76平方メートル